前後不覚

 孤独だ孤独だと7時間しゃべり続けている彼女に対しおれはいい加減辟易していた。孤独である彼女を守らなければならないと話を聞き始めたはいいが、その話には終わりが見えない。どうして女はこんなにしゃべり続けることができるのだろうか。「私のことを理解してくれる人なんて居ないの。友達なんて信じられないの。あなたは直ぐにそうやって同調するけれどそれは偽りなの。うん。うん。気持ちは嬉しいけれどそれは優しさなんかじゃない。同じ経験をしなきゃわからないの。同じ経験なんてできるわけないでしょう。ほら、ほらほらほら見て私の手首。傷つけなきゃ自分を保てないの。ここまで追い込まれたことあるの。ないでしょ。やっぱり私だけが孤独。誰もわかってくれないの。私は孤独。孤独。」かく言う彼女に対し「それじゃあおれも同じ経験をするよおれも君にわかってもらえなくて孤独さ」とカッターを取り出して刃を自分の手首に当てた。彼女は目を輝かせた。明らかにおれのリスト・カットを期待していた。話を終わらせるのはこれしかない。刃をすばやく横に引いた。血。ああまたやってしまった。おれは血が止まりにくい体質だった。低く見積もっても止血には1時間がかかるぞ。えらいこっちゃ。血が足りないからやめろと医者に怒鳴られたばかりだった。我を保ち冷静を保ち血を流したまま彼女を抱きしめた。彼女はようやく笑顔になりおれを抱きしめ返した。彼女の白いブラウスはおれの血で真っ赤になった。洋服を汚してごめんね。いいの。真っ赤な洋服、嬉しい嬉しい。彼女は涙を流した。18分間抱き合ったのちようやく彼女は満足したようで「じゃあおやすみ」とるんるん言いながら笑顔で帰った。止血には71分を要した。もう明け方だった。あと2時間で出勤しなければいけない。おれは冷凍庫にあるレバーを解凍してそれを朝食とした。血を補給した気になりたかったのである。冷凍庫に敷き詰められていたはずのレバー5kgがたった2週間でほとんどなくなった。リストカットは毎日の行為だった。優しい人間になりたい。そう宣言した成人式の日のおれを憎んだ。これが優しさなのかと自問自答している間に8時10分。あと20分で始業である。おれは急いで営業所へと車を走らせた。仕事に追われ思考が停止し気がつけば21時34分。携帯電話を見た。彼女からの着信が83件。メールが15件。そのうち「死にたい」と書かれた文章が3件。「助けて」が6件。「愛してる」が4件。空メールが2件。彼女に電話をすると、すすり泣いている声がして「助けて今すぐ帰ってきてあなたの家の前にいるから私死にたい死にたい」。電話を切って家へと急いだ。彼女を家に上げて話を聞いた。「私のことを理解してくれる人なんて居ないの。友達なんて信じられないの。あなたは直ぐにそうやって同調するけれどそれは偽りなの。うん。うん。気持ちは嬉しいけれどそれは優しさなんかじゃない。同じ経験をしなきゃわからないの。同じ経験なんてできるわけないでしょう。ほら、ほらほらほら見て私の手首。傷つけなきゃ自分を保てないの。ここまで追い込まれたことあるの。ないでしょ。やっぱり私だけが孤独。誰もわかってくれないの。私は孤独。孤独。」かく言う彼女に対し「それじゃあおれも同じ経験をするよおれも君にわかってもらえなくて孤独さ」とカッターを取り出して刃を自分の手首に当てた。彼女は目を輝かせた。明らかにおれのリスト・カットを期待していた。話を終わらせるのはこれしかない。刃をすばやく横に引いた。血。ああまたやってしまった。おれは血が止まりにくい体質だった。低く見積もっても止血には1時間がかかるぞ。えらいこっちゃ。血が足りないからやめろと医者に怒鳴られたばかりだった。我を保ち冷静を保ち血を流したまま彼女を抱きしめた。彼女はようやく笑顔になりおれを抱きしめ返した。彼女の赤いブラウスはおれの血でさらに赤みを増した。洋服を汚してごめんね。いいの。真っ赤な洋服、嬉しい嬉しい。彼女は涙を流した。25分間抱き合ったのちようやく彼女は満足したようで「じゃあおやすみ」とるんるん言いながら笑顔で帰った。止血には63分を要した。もう明け方だった。あと2時間で出勤しなければいけない。おれは冷凍庫にある最後のレバーを解凍してそれを朝食とした。血を補給した気になりたかったのである。冷凍庫に敷き詰められていたはずのレバー5kgがたった2週間で底をついた。リストカットは毎日の行為だった。優しい人間になりたい。そう宣言した成人式の日のおれを憎んだ。これが優しさなのかと自問自答している間に8時10分。あと20分で始業である。おれは急いで営業所へと車を走らせた。仕事に追われ思考が停止し気がつけば22時01分。携帯電話を見た。彼女からの着信が102件。メールが23件。そのうち「死にたい」と書かれた文章が5件。「助けて」が2件。「愛してる」が8件。空メールが8件。彼女に電話をすると、すすり泣いている声がして「助けて今すぐ帰ってきてあなたの家の前にいるから私死にたい死にたい」。電話を切って家へと急いだ。彼女を家に上げて話を聞いた。「私のことを理解してくれる人なんて居ないの。友達なんて信じられないの。あなたは直ぐにそうやって同調するけれどそれは偽りなの。うん。うん。気持ちは嬉しいけれどそれは優しさなんかじゃない。同じ経験をしなきゃわからないの。同じ経験なんてできるわけないでしょう。ほら、ほらほらほら見て私の手首。傷つけなきゃ自分を保てないの。ここまで追い込まれたことあるの。ないでしょ。やっぱり私だけが孤独。誰もわかってくれないの。私は孤独。孤独。」かく言う彼女に対し「それじゃあおれも同じ経験をするよおれも君にわかってもらえなくて孤独さ」とカッターを取り出して刃を自分の手首に当てた。彼女は目を輝かせた。明らかにおれのリスト・カットを期待していた。話を終わらせるのはこれしかない。刃をすばやく横に引いた。血。ああまたやってしまった。おれは血が止まりにくい体質だった。低く見積もっても止血には1時間がかかるぞ。えらいこっちゃ。血が足りないからやめろと医者に怒鳴られたばかりだった。我を保ち冷静を保ち血を流したまま彼女を抱きしめた。彼女はようやく笑顔になりおれを抱きしめ返した。彼女の真っ赤なブラウスをこれ以上赤く染めることはできない。19分間抱き合ったのちようやく彼女は満足したようで「じゃあおやすみ」とるんるん良いながら笑顔で帰った。止血には83分を要した。もう明け方だった。あと2時間で出勤しなければいけない。おれは冷凍庫にあるレバーを探した。ない。ない。どこにない。ああそうだ。レバーはもう底が尽きたんだった。おれはレバーの代わりに自分の手首の包帯を外してふたたび刃を当て血を流し、それをごくごく飲んだ。これは優秀な永久装置だなと思った。喉に絡み付いた血が愛おしくなった。血ってこんなに美味しかったの。血が欲しい。もっと血が欲しい。流し捨てた血のことを思っておれはおいおい泣いた。彼女の赤いブラウスがフラッシュ・バックした。あの真っ赤なブラウスが欲しい。彼女に電話をした。今すぐ来い。おれんところに来い!彼女は怒鳴り声に驚いたようで素直におれの家に戻ってきた。真っ赤なブラウスにおれは欲情した。荒い鼻息で彼女に近づいた。いつも優しい貴方なのにどうしたの。おびえた顔に興奮した。おれはブラウスをはぎ取った。きゃあ。待って待って。あなたとの初めてはもっとロマンチックにしたかったの。お互いのことをもっと知ってからがいいの。きゃあきゃあ。喚きながらまんざらでもない表情の彼女を無視しておれはブラウスを自分の口に突っ込んだ。飲み込もうと喉を鳴らした。当然飲み込めるわけもなかった。それでもおれはブラウスを胃に押し込もうとした。顎が外れた。おええおええと叫びながらなおそれを口に突っ込んだ。おれは白目を剥いて倒れた。彼女は吃驚してぎゃあと叫び下着のまま家を飛び出した。彼女の後ろ姿を見ながらおれは気を失った。気がついたらそこは牢屋のように鉄格子に囲まれた部屋だった。隣の部屋から女の声が聞こえる。「私のことを理解してくれる人なんて居ないの。友達なんて信じられないの。あなたは直ぐにそうやって同調するけれどそれは偽りなの。うん。うん。気持ちは嬉しいけれどそれは優しさなんかじゃない。同じ経験をしなきゃわからないの。同じ経験なんてできるわけないでしょう。ほら、ほらほらほら見て私の手首。傷つけなきゃ自分を保てないの。ここまで追い込まれたことあるの。ないでしょ。やっぱり私だけが孤独。誰もわかってくれないの。私は孤独。孤独...」
 彼女の言葉を聞きながらおれは、血の味を思い出していた。